木が伐れない樵の業務日誌

新潟県村上市にある民間の林業会社に勤めている30代男が林業についてつらつら書いてます。

生き物を生かすという生存戦略【<正義>の生物学を読んで】

 

出版になったばかりの「<正義>の生物学」という本をたまたま手に取ったのですが、とても面白かったので紹介します。

 

 まずこの本の副題にもなっている「トキやパンダを絶滅から守るべきか」この問いかけに引き込まれた。本書のはじめにも”トキやパンダつまり生物は保全する必要がありますか?理由と合わせえて答えてください”という問いかけから始まる。

著者の山田俊弘氏は広島大学で教鞭をとられている方で、その授業の中でこの質問を学生に問いかけている。その学生が答える代表的な回答に一つ一つ答えていきながら話は進んでいく。 

 この手の内容の本は生物学や生態学の話でまとめられていることが多いが、本書それらに加えて倫理学の領域まで言及していく。”今ある資源を将来世代に残す義務が現世代にはあるのか”、”なぜヒトの命のほうが重いのか”などすぐには答えることができない問いかけにも丁寧に言及している。

そして「なぜ生物を保全しなければいけないのか」この問いに対する答えを探すために必要なヒントがちりばめられた内容になっている。

 途中のび太ジャイアンであったり、アベンジャーズの話が出てくるのが個人的に好きだったりした。



以下私の感想



 少し安心したというのがこの本を読んだ率直な感想だった。

 

 ”生き物が好きだ”、”この海・山・川の環境を大切にしたい”という気持ちや考えは個人的な価値観のレベルの話であり、これを社会や経済に当てはめようとするのは非現実的であると、無意識でそう思っていた。綺麗ごとばかり言ってられない、現実を見ろよと言われそうでびくびくしているのだ。

 

 ペットを飼う、植物を育てる、野生動物を観察する、育てた野菜を食べて感動する、ほとんどの人が子供のころからヒト以外の生き物の存在を知り、何かしら関わりを持ち、命の尊さだったり、命を粗末に扱うことがいけないことだと教育を受け認識をしているはずだ。なのになぜか大人になると、それを社会や経済に持ち出すと変人扱いされる世界になる。貨幣価値に変換できない生き物好きは趣味であり、当てはめようとするのは価値観の押しつけであると判断をされる。

 

 私が生きているこの林業の世界ではもっと露骨かもしれない、生き物に近い職業ではあるが、より生き物を生き物としてとらえると仕事にならなくなる、という世界でもある。市場経済の中で動く林業。利益追求の中で生物の尊さ、保全を考えると余計なコストがかかってくるのである。残す木と伐る木を選んで仕事をするよりも全部伐る方がコストがかからない。そして補助金や主伐時の収益が確保されないと、植栽や間伐が進まない世界である。

生物多様性保全?なんでそんな金にならん事を考えにゃならんのだ?そんな言葉にならない圧を時々感じる。つまりは生きていく(お金を稼ぐ)ためには生物多様性保全している場合ではないというのが大方の意見ではないだろうか。

 

 一方で本書では、「生き物を大切にすること(生物多様性保全)が正義である」という考えは、ヒトが自然選択の結果獲得した戦略(生物的な本能)であるという考え方(仮説)の紹介があり、この考え方がとても新鮮で面白かった。個々の後天的に(経験や学習で)獲得した価値観ではなく種として持ち合わせている方針、流れなのだ(あくまで仮説検証中)。

 

 生物多様性保全とは未来の人間社会への有益性を確保する確率をあげるための対策であり、ある生物が絶滅していたがために発生する不利益を排除するためのリスク分散の戦略である。なんの生物がこれからどのように役に立つかは分からない、役に立たないのかもしれない。なので”選別できないので全部守る”である。

 

 しかしながら、これも本書で紹介があったが、現在地球は六度目の史上最大の大量絶滅期を迎えようとしている。そしてこの絶滅はヒトが引き起こしている可能性が非常に高く、これまでヒトがたどってき歴史と他生物(メガファウナ)の絶滅による状況証拠からも明らかであると話がつづられている。

 

 つまりは史上最大の絶滅期を引き起こそうとしている、現代のヒトの活動はヒトがの種として獲得してきた生物多様性保全戦略に反した動きになっているということになる。

 

 なぜ戦略以外のことをしてしまっているのか。私が考える原因は、その①生物多様性保全のコストを削る方がヒトが生き残る可能性が高いと判断したのか(戦略の修正)。その②戦略がハマっていないか(生物多様性保全戦略を今の社会に適応できていない)のか。はたまた、その③人は種の滅亡に方向転換したか(目的の変更。生き残らない戦略??ちょっと意味がよくわからない)

 

 私は残念だが①なんだろうなと思っていた。しかし、②であるということもありうるという話をこの本で知ることができて、少し安心したのである。

 

では戦略はどうやって当てはめればいいのか。

 著者は後半”生き物を食べて生きているヒトにとって保全戦略は矛盾しているのではないか?”という意見に対してこう述べている。

「私の主張は、食料のための殺生をそれ以外の理由による殺生とはっきりと区別し、後者を慎むべきだ、ということになります。」

  林業も同じだ。林業は自然破壊の上で成り立っている産業である。元々あった森林を切り開いて植栽して成立した林が我々の仕事場である。非皆伐や再植林はこの破壊のインパクトをできるだけ小さくしようという取り組みでもある。そして我々が追求しなければ行けないのは、この森林へのインパクトが最小になる着地点を探し続ける事とその暫定的な正解に向けて取り組むみ続けることだと思う。

私たちは無駄な殺生、無駄な破壊を行ってはいないか。常に問いかける視点をいつも持ち合わせておきたいものだ。

 

引用

<正義>の生物学 トキやパンダを絶滅から守るべきか

著者:山田俊弘

出版:株式会社講談社